広島聖書BCからの「日々のことば」。
今日も私のための覚え書きのために転記。


「彼らは信仰によって、国々を制服し、正しいことを行ない・・また、ほかの人たちは・・拷問を受け、石で打たれ、牢に入れられ・・」ヘブル11:33

ある人々には、奇跡がなされた。ししの口がふさがれ、炎の中にいながら焼かれず、剣の刃から守られ、戦争をすればどんどん勝利し、死人がよみがえらせられた。しかし、別の人々は、拷問を受け、牢に入れられ、石で打たれ、のこぎりで引かれ、剣で殺され、奇跡は起きず死んで行った。 同じ信仰の勇者にこれらの人々が記されている。ある人は奇跡で命が救われ、別の人は殉教して行った。これは神が全主権を持たれ、御心を行われるという事だ。どちらの結果も、神の栄光のためだ。ある人が病を患い、経済的にも困窮し、今日の糧にも困る状況だった。神にお委ねし、ただ神に頼り、祈り求めた。 ところが奇跡は何もなく、更に窮状が続いた。祈りが積まれるが、病気が治るとか、お金が与えられるとかは、何も起きずどん底になって行った。しかし、そんなどん底で、不思議な事に、心に感謝が溢れ、喜びが満ち溢れた。それは自分ではなく、御霊からのものだった。状況はどん底なのに、内側から感謝が溢れるのだ。

最悪の中で、感謝と喜びに満ちている彼の姿に、周囲の人々は信仰に火がつき、リバイブされて行った。ある人はそんな彼により、生涯の信仰が定められ、牧師となって行った。神はご自身の望む通りに御心をされる。どうであれ与えられた状況で、主に従おう。周囲にも神の栄光が現される。

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何の実もないとしか見えなくても、神は必ず最善をなして下さっている。今はその途上だと期待と希望をもって歩もう。目に見えない約束を握りしっかりと立っているか、それだけがいつも問われる。


今日は吾妻・安達太良も初冠雪。
山が白く青い、美しい朝でした。