昨年は教会で「1年で聖書を!」計画があったので、通読(聖書を最初の創世記から最後の黙示録まで通して読むこと)をしました。
一日に5章くらいずつ読んでいくので、1章が長いとけっこうためちゃったりして、その分時間のある日に一気に15章読むとかいうこともありました。

恥ずかしながら、私クリスチャン生活は長いものの、通読は2回目だったのです。

1回目は中学生か高校生の時でした。

そのときの記憶はそれほどないのですが、今回は(読むペースが早かったからかもしれない)縦のつながりと横のつながり、つまり歴史的なつながりと地理的なつながりというのでしょうか、そんなことがいろいろとおもしろくって、高校の時習った世界史を思い出しながら、「ああ、やっぱり聖書は事実なんだ」と確信をあらたにしたのでした。

そして今年。今年はどんな風に聖書を読もうかなぁと考えて、最初は新約聖書から読み始めてみたのですが、やっぱりもう一度最初から読んでみようかな、と思い、旧約の創世記から読み始めています。

そして、「へぇ〜。不思議だなぁ。」と思ったこと。それは、以前にも書きましたが、ヤコブの妻のラケルとレアのことです。

ヤコブは死ぬとき、自分の祖父アブラハムと父イサクの葬られたところに自分を葬ってほしいというのですが、そこにヤコブはレアをすでに葬っていたということ。そして、ラケルはそこではなくベツレヘム・エフラテへ向かう土地に葬っていたということ。

ヤコブラケルの方が好きだったんですよ。なのに、自分と同じ墓にはレアを葬った。いわゆる直系の墓に。

「へぇ〜」と思ったんです。

そしてこのレアとの子、ユダから生まれたユダ部族からイエス・キリストが出ることになって、その上、キリストがお生まれになったのは、ベツレヘム・エフラテなんですよ。

不思議でしょう?

神さまのなさることは、ほんとに不思議だなぁと思うんです。